緑信号を渡る - どこのドイツだ!

在独歴4約年!思想の飴細工師が書き下ろす!

外国語を勉強する3つの理由

私、シリぼうは現在ドイツに住んでいる。約3年前に渡独して以来、多かれ少なかれ毎日何かしらドイツ語を勉強している。ここでの勉強とは、ドイツ語で買い物や茶話をすることは含まない。例えば、新しい単語を覚える、単語や文法を復習する、ニュースを集中して聞いてみる、語彙力強化のためドイツ語レッスンを受講するなどの積極的な学習行為を意味する。

 

もちろん、自身のドイツ語は不十分であるし、まだまだ、意思疎通に困ることも多々ある。しかし、私は常にドイツ語を勉強し続ける。その理由とは何か。自問自答した結果、主にある3点に集約された。今回は、それらを紹介したい。また、外国語を学習する多くの人にも当てはまるのではと思う。

 

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(2012年12月 ライプチヒ市庁舎前 筆者撮影)

 

 

1.必要性
私は、ドイツに住んでいる。ドイツ人同僚と囲まれて仕事をしている。今のところ永住の予定である。故に、ドイツ語は必須である。なぜならば、ドイツ語が不十分であると生活や仕事で必ず支障が生じるからだ。
 
不十分な言語力が原因で、海外生活に不自由さを感じることは、ほんの少しでも海外に住んだことのある人間なら容易に理解できるだろう。あらゆる場面でこの不自由さに遭遇する。
 
例えば、スーパーである品物をとって、成分表示を見てもよく分からない。また、電化製品の説明書を読む気が失せる。電話での問い合わせが億劫になる。レストランのメニュー選びで妥協をする。会話についけいけずつまらない時間を過ごす。などなど枚挙にいとまがない。
 
 他にも、外国語系の大学に入学した場合、卒業の為に否応無しに、外国語の勉強が必要ということもある。余談ではあるが、言語に興味が無いにもかかわらず、外国語を専攻にした場合、地獄の生活が待っているだろう。理由は別の機会で説明する。
 
 
2.楽しみ
外国語自体に興味がある。外国語を話すことが好き。言語を勉強する、あるいは言語を使うこと自体が楽しいと感じられる。「○○をしている時が楽しい!」というのはすべてのやる気の原動力になる。
 
もちろん、すべての人が、外国語を学習し始めた時から楽しさを感じられるわけではない。私は、かつての私の上司の言葉を今でも覚えている。
 
仕事は楽しくなくては意味が無い。しかし、楽しくなるには時間がかかる。
 
それは仕事だけではなく、言語にも同じことが言えるだろう。
 
3.カッコ良さ
この点は明確しなければならない。賛否両論があろう。しかし、私は強く主張する。私は、外国語ができることをかっこいいと思っている。とりわけ、綺麗な発音で外国人と堂々と流暢に会話をしている人がいれば、その人を尊敬する。また、自分もそうありたいと願う。こうありたいという願望は、より上達したいという強い動機にもなりうる。
 
かつて日本にいた頃、とある英会話教室に通っていたことがあった。そこで、生徒の一人で50歳近くの女性がいた。私は彼女になぜ英語を勉強するのか尋ねた。彼女の答えはこうであった。
 
私の目標は、外国人と英語で会話をしながら、レストランで食事をすることです。そして、周りの人から、その様子を見られたいのです。
 
動機は犯罪行為を目論まない限り、自由である。これは私の持論だ。動機はともあれ彼女は常に自習をしていたし、授業の前に、何を授業中に伝えるのかをきちんと準備をしていた。
 
確かに、一般論として、彼女の言葉を借りれば、「周りの人から、その様子を見られたいのです」という他者からの評価など、つまらないものと一蹴することができる。しかし、こんな風に自分の能力を磨き上げることができたら、なんと素晴らしいことか。
 
さらに、英語とドイツ語というように複数の外国語を操ることができたら、どれだけ感動的か、と私は常々想像(妄想?)をする。外国語の学習とは、私のライフワークの一つだろう。そして、永遠に未完成だろう。
 
 
以上の通り、私が外国語を勉強する理由をあげた。もちろん、人それぞれによって、外国語を学習する理由は異なるだろう。しかし、上記であげた理由のうち、大なり小なりは、それぞれの人に当てはまるのではないかと思う。もし、言語を学習するにあたって、上記以外の興味深い理由の持ち主がいて、コメントをもらえれば幸いである。