緑信号を渡る - どこのドイツだ!

在独歴約3年!思想の飴細工師が書き下ろす!

単語学習3つの罠

単語学習とは、外国語を勉強する際に避けては通れない項目の一つであろう。ただ、ここでは、単語学習の重要性は取り上げない。その代わりに、単語を学習する際に気をつけるべきこと紹介する。いわゆる、単語学習のワナである。

 

 

本題に入る前に、単語学習の前提を確認しておく。それは、単語学習の目標である。

 

それは明確である。単語学習の目標とは、その単語を自在に使いこなせるようになることである。

 

しかし、「自在に使いこなす」とはやや抽象的である。そこで、もう少し具体的な要素に落とし込む必要がある。

 

思うに、「自在に使いこなす」には、幾つかの意味がある。私がざっと思いつただけでも4点ある。

 

1.単語見て、その意味を理解できる。
2.会話で、言いたい単語を瞬時に引き出すことができる。
3.会話で、単語を組み合わせて正しい文章を組み立てることができる。
4.単語を聞き取ることができる。

 

ここで話を戻せば、単語学習の目的は上記の4点に分けられると言えよう。議論が散漫になることをなるべく防ぐために、ここでは、学習目標を1~3に焦点を当てたい。4は性質が異なるので除外する。以下では、1~3を目標にして、単語を勉強しているときに陥りやすいワナを述べる。

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(2013年 東京都中野区にて 筆者撮影)


1.英語→日本語訳の悲劇

単語学習をする際に王道の方法とは何か。それは単語集(あるいは単語帳)での勉強だろう。私シリぼうも否定しない。単語がテーマ別に分けられているものもあれば、難易度別に分けられているもの様々である。

 

ほとんどの外国語学習者は、以下のような勉強方法を一度はしたことがあるだろう。

 

英単語を見て、「あーこれは知っている」、「これは見たことも聞いたこともない」として、英単語の横にチェックマークをつける。もしくは、「この単語は何回見ても覚えられないんだよな」と、自分の記憶力を嘆きながら、その単語の周りをグリグリとペンで囲むかもしれない。

 

ここで一つ問題がある。それは英語→日本語で学習している事である。私が言いたい事は、日本語→英語で学習すべきである。英語以外の外国語であれば、日本語→外国語を意味する。

 

よく巷で言われる事の一つ、英語は英語で学習して理解するべき、これが一番役に立って、楽しいという。

 

例えば、英語でニュースを聞いて、何度も聞くうちに知らない単語を理解できるようになる。新聞や小説をなどの英文を常に読み続けることで、初めは理解できなかった単語や文章がだんだんと理解できるようになり、ネイティブが使う生き生きとした表現や言い回しを学ぶことができる。

 

しかし、はっきりと言っておく。

 

ありえない。例外は、ある一定の高度な言語レベルに達した者だけが、そのような学習方法を取ることができる。

 

既に高みにいる者のみ、このような楽しい学習から利益を享受できる。確かに、このレベルになると優雅に言語を学習できる。例えば、原語で話されている映画やネイティブとの会話の中から、より洗練された表現を獲得していくだろう。

 

私はこのような学習方法に関して、圧倒的言語力を背景に、高みからの優雅な学びである故に、「貴族の学習」と呼ぶ。


繰り返しになるが、かつての上司が言っていたことは正しい。

 

仕事は楽しくなければ意味がない。ただし、楽しくなるのには時間がかかる。

 

外国語の学習でも同じだ。ちなみに、私は英語・ドイツ語の能力は、「貴族」ではない。いわゆる「庶民」である。


なぜこのような考えを私は取るのか。それは、私の持論はこうである。それぞれのレベルにあった最適な学習方法があり、達人には達人、上級者には上級者、中級者には中級者、初学者には初学者の学習をすべきだと考えている。

 

ところで、キリスト教の聖書にはこんな一説がある。

 

皇帝のものは皇帝に、神のものは神に。

 

この格言については、様々な解釈をすることが可能であるが、一つは「物事をふさわしいところへ戻す」と言われている。中世の歴史的な意味を踏まえれば、世俗の政治を司るのは、皇帝である。他方で、魂の救済という精神世界では、神が権威を持つと言われる。

 

私がここから言いたいことは、それぞれの物事には適切でふさわしい人物や手段があるということだ。それは外国語の学習においても同様であろう。

 

「貴族のものは貴族に、庶民のものは庶民に」

 

それぞれの言語レベルにあった学習方法を取るべきである。



さて、いささか本論から脱線した。まずは、話を元に戻したい。ここでの議論は、日本語から英語(外国語)へ学習する必要性であった。

 

まずは理由から説明する。それは学習者の目標を達成するためには適切な学習方法を取らないといけない。

 

もう一度冒頭の単語学習の目標を記載する。

 

1.単語見て、その意味を理解できる。
2.会話で、言いたい単語を瞬時に引き出すことができる。
3.会話で、単語を組み合わせて正しい文章を組み立てることができる。
(4.単語を聞き取ることができる。)

 

目標1を達成するのであれば、英語→日本語の学習で充分である。しかし、2や3を目標とするのであれば、日本語→英語の学習が最も効率的である。

 

想像してもらいたい。外国語を話す際に、どのように単語や文章を作っているのか。

 

あるいは一つの困難を想定する。典型的な例は、言いたい事が外国語で言えない、である。

 

それが意味することは、日本語では言い方が分かっているが、英語では分からない、言い慣れていないということである。

 

すなわち、日本語→英語への繋がりが不十分ということである。

 

であれば、取るべき学習方法は、日本語→英語という方向性を必ず念頭に置いて勉強しなければならない。単語の学習でも同様である。

 

方法は単純である。日本語と英語の順番を入れ替えて学習するだけである。中には、「ただ、日本語→英語に替えるだけ?意味が無いのでは?」と。そんなことで学習になるのかと訝しげに思うかもしれない。

 

ここでいくつかの例を挙げる。読者にはある日本語を英語にできるか試していただきたい。

 

例1:単語編

日本語:(形容詞)後ろの、後方への、進歩の遅い

 

 

 

 

 

 

 

 

答え:backward

 

英語からこの単語を意味を推測するのはそこまで難しくないだろう。しかし、注目すべきことは、逆は真はならずである。きちんと日本語→英語で引き出す訓練をしていければ、英語で意味は分かっても、日本語からこの単語を導き出すのは困難である。

 

更に、文章になるとより難しさが増す。

 


例2:文章編(ア)

日本語:私は上司の代わりに会議に出席した。

 

 

 

 

 

答え:I attended the meeting on behalf of my manager.

 

「on behalf of.../~の代わりに、代理で」という熟語を知っていたとしても、実際に、日本語から英語に使いこなすのは別の話である。

 

最後にもう一題。

 

例3:文章編(イ)

日本語:100から逆に数える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答え:to count backwards from 100

 

英語から見れば、簡単に文意を理解できる。使われている単語も大学受験をした者なら既知であろう。しかし、何度も言うが、英語→日本語日本語→英語の難易度には大きなギャップがある。後述するが、それは、 単語を引き出す時だけではなく、文章においても言えるのである。

 

故に、日本語→英語での学習をする必要がある。

 


2.まとめて学習

外国語学習で重要なことは、継続である。単語を覚える際にも同じことが言える。一週間に1回1時間の勉強よりも、毎日10分の方が遥かに記憶の定着率が高い。ただ、科学的根拠はここでは、触れない。


もちろん、短期間で大量の単語覚えなければならない場合もある。例えば、特定の状況が迫っている時である。


私の経験を紹介する。

 

子供の誕生に先立って、出産に関係する言葉を短期間で学習した。なぜならば、妻の陣痛が始まって、分娩室で我が子が生まれる際まですべて出産に関係することに立ち会う予定だったからだ。

 

その際の会話が分からなければ意味が無いと思ったからだ。


もちろん、こんな例を出すまでもなく、多くの人が中学生や高校生の時、定期試験前に短期間で大量の単語を詰め込んで覚えようとした経験はあるだろう。


しかし、試験が終わり再び勉強をしなくなったとき、その覚えた単語はどうなったかは、わざわざ言うまでもない。


多くの英語(外国語)学習者が目指しているのは、定期試験のような一つのイベントを乗り切ることではない。外国に住む限り続く、永遠の日常生活である。あるいは、日本で住んでいたとしても、業務上、常に外国語を使う必要があるかもしれない。

 

そうであるならば、一過性のまとめて学習ではなく、日常的に学習をしなければならない。


日常的とは、規則的かつ継続してすること意味する。

 

継続は、習慣となり、習慣は日常となる。

 

そして、勇気が必要である。

それは、単語を忘れることを恐れない勇気である。

 

ちなみに、どうすれば学習を「日常化」できるのかは別の機会を設けたいと思う。

 


3.例文なし

最後はこれまで述べてきたことと重複する。それは、今まで言ってきたことの延長線上である。

もう一度、冒頭に記した単語学習の目標を下記に示す。

 

1.単語見て、その意味を理解できる。
2.会話で、言いたい単語を瞬時に引き出すことができる。
3.会話で、単語を組み合わせて正しい文章を組み立てることができる。
(4.単語を聞き取ることができる。)

 

目的2と3を達成するには、日本語→英語で文章を組み立てる練習を日常的にしなければならない。


その観点から考えれば、単語を学習するときに単語を単独で勉強するだけでは足りない。


ずばり、例文とともに単語を覚える必要がある。

 

でた!聞いたことがある!と思う読者はおろう。もちろん、例文とともに学習する煩わしさから、ほとんどの人がこの方法を避けようとするのを私は知ってる。しかし、何を隠そう、私シリぼう自身もその一人であった。

 

しかし、目標2や3を達成したいのであれば、日本語→英語の順で、単語を例文と一緒に使う練習をしなければならない。

 

なぜならば、単語を引き出す練習をしない、あるいは学習した単語を使って、文章を組み立たてる練習無しで、本番の会話で「使いこなせる」可能性は極めて低いからだ。

 

また、本番の会話は、よりスピーディー、緊張、騒音などの外部要因などで、一人で練習をしている時より過酷な環境だからである。

 

 

これまでの話を要約すると以下の通りである。


単語を知らなければ、意味がない。単語知っていても、会話で、瞬時に取り出せなければ意味が無い。加えて、単語を即座に言えても、それは、文章でなければ会話ではない。

 

最適な学習方法の一つは、日本語→英語/ドイツ語の順で、例文を用いて単語学習をする。しかも、短期的・一過性ではなく、長期的・継続・日常化する。


王道ではあるが、単語学習にはこの道しかない。


もちろん、この方法を続けたといって、すぐさま実際の会話で効果が出る訳ではない。しかし、はっきりと言えることは、練習で出来ないことは、本番でもうまく出来ない。

 

奇跡のファインプレーは、単なる偶然ではない。奇跡の発生確率は、日頃の絶対的な練習量に比例する。


本番の会話では、おそらく練習時の20~30%ぐらいしか力が発揮できないかもしれない。

 

独り言で外国語を練習している人はよくこの気持ちを理解できよう。「あれっ、独り言では言えたのに、本番になると単語をが出ない、文法がぐちゃぐちゃで汚い。なぜだ!」と。


ちなみに、私しりぼうは単語学習の為にとあるアプリを使用している(後に紹介する)。そのアプリに、現在ドイツ語8200語登録されている。また、独自のプログラムで大変効率よく復習できている。


まだまだ、「庶民」ではあるが、まずは今年中に一万単語を目指して、日々努力をする。具体的な学習方法に関して質問があれば、コメントを願う次第である。