緑信号を渡る - どこのドイツだ!

在独歴約3年!思想の飴細工師が書き下ろす!

文章を書くときに気をつけていること3点

私シリぼうは、文章を書くことが好きである。大学院では、ジャーナリズムを専攻にしていた。修士論文で選挙時の新聞報道を内容分析し、約700~800個あまりの記事を分析した。また、学生時代に読んだ数々の本を読んだが、本がぎっしりと詰まった段ボール箱の壁が、実家に未だに聳え立っている※1。

 

f:id:midorishingo:20170606011310j:plain

(2014年7月頃 フランクフルト自宅にて、筆者撮影)

 
以上の例でもって、自分の好みを証明するには、十分ではない。しかし、読む、書くの違いはあるにせよ、文字に対して全く読めない!書けない!というアレルギーは無いとといえるだろう。
 
とはいっても、卒業後、製造業の営業職という大学院の専門とは全く関係の無い畑に向かうのである。だが、それでも業務上、メールを書き、他者の資料等を読むにつけて、常に文章に対して意識していることがあった。具体的に言えば、文章を書くときに気をつけていることがある。
 
さて、以下では、題名の通り、何に気をつけているのか3点述べる。
 

 

1点目:書き出し前に構成を考える
実際に文章を書く前に、テーマ、文章構成、使われるエピソードなど、紙を使って簡単にメモを取る。それができない場合、最低でも頭の中で、論点整理だけはしておく。とりわけ、分量や伝えたい事が多いときには、本番で書き出す前に入念な準備をする。
 
ところで、上記の事を意識し、実践をし始めたのはいつだろうか。まずは、私の学生時代に遡らなければならない。私は大学院で、ジャーナリズムを専攻にしていたと書いたが、学士では法学部だった。私の法学部の単位認定方法は、至って簡単である。
 
出席率、提出物は関係無し!成績判定におけて、最終試験の比率が100%の一発勝負だった。試験時間は90分で、問が一題から二題与えられ、「○○について論じよ」というような、字数制限なしの論文形式で答えるものでだった。
 
 ここでのエピソードを一つ紹介する。
 
この試験時によく見られた光景は、試験開始と同時に答案用紙にすぐさま回答をしている学生の多さであった。理由は分からないまでもない。おそらく、こうであろう。試験開始直前ギリギリまで論点を暗記して、試験中に頭から「こぼれ落ちる」前に、答案用紙に書きなぐってしまいたいという算段だろう。
 
私の場合、まずは1分間深呼吸をし、その後、問を読み題意を理解しようとした。次に、頭の中で数分間、論点を整理し、問題用紙の余白に答案の文章構成をまとめた。その時点で、試験開始からすでに20分は経っているが、まだ回答用紙は一切手をつけず、空白である。
 
そして、ここで初めて、答案を書き始める。事前の準備が十分であるので、清書をする際に筆が止まることはまずは無い。それゆえ、私は挑発的にも、法学部の試験で一度も鉛筆、シャープペンシルを使ったは事ない。すべて、(もちろん消えない)ボールペンを使ったものだ。※2
 
通常は、試験開始60分経った時には、書き上げていたし、ほぼ一番で教室を出ていた。それでも、法学部の単位を試験で落としたことは一度もなかった。※3
 
 
2点目:読み手を意識する
独りよがりに私が書きたいことを文章にするだけでは不十分である。大切なことは、読み手の視点である。自分の書いたものを読み手に理解されて、初めて表現物として意味をなす、というのが私の原理原則である。では、読み手の理解を助けるものは何か。
 
 具体的には以下の要素を意識し、適度に文章に組み入れる。
 
 要素:理解のし易い表現、理路整然、読みやすいレイアウト、文章を避け箇条書き、例示、抽象的な概念から具体的な説明、結論先行、見出しへのこだわり など
 
理解されない文章など、現実と全く関わりのない学問と同じだ。象牙の塔に住む賢者、もしくは俗世から離れて生きる霞を食う仙人と同じだ。しかし、私は、彼らを否定していない。個人的にはそのような環境には耐えられないという意味である。
 
 
3点目:3を意識する
数字の3は特別な数だ。※5
何かを伝えたいとき、理由、目的などは極力3点にしぼるようにしている。
 
ここで例を挙げる。
なぜ私がオレンジよりもリンゴが好きなのかについて理由を書く。
 
 1つ目:ビタミンが多い
 →これだけの理由で納得する人は少ない。
 
 2つ目:美味しいから
 →これで十分かもしれないが、もう一声あってもよい。
 
 3つ目:安いから
 →ここまで理由を述べれば、聞き手は、どれだけ私がオレンジよりもリンゴ好きか納得するだろう。また、わざわざ私にオレンジを食べることを勧める輩もそういないだろう。
 
 4つ目:柑橘類が苦手
 →もはや、蛇足。納得している聞き手に更に説明することは、かえって悪い印象を与えかねない。他者の声に耳を傾ける姿勢には限度がある。ひょっとすると、偏狭なリンゴ崇拝者※4に思われるかもしれない。
 
 5つ目の理由は、もはや不要であろう。確かに、何かを説得するためには、理由は必要である。しかし、不確かな根拠に基づく多くの理由より、強固な根拠に基づいた理由の方が、反論の機会を与えにくい。
 
 
このように文章を書くときには、上記3点に注意をしている。当然、今回の記事に対してもこの3点に注意を払った。しかし、実際にこの原則が有効か有効でないかは、読み手であるあなたの理解にかかっている。
 
 
※1(前略)・・・段ボール箱の壁が未だに聳え立っている:実際は地震を想定してそこまで高くは積まれていない。
※2(消えない)ボールペンでの回答:当時、これを古来中国の官僚登用試験になぞらえて、「科挙縛り」と名付けたものである。
※3 法学部の単位を試験で落としたことは一度もなかった。:私の所属する法学部は、卒業要件の一つとして、経済学部の授業を2単位取得する必要があった。しかし、ものの見事に、経済学部の授業を3つも落としてしまった。
※4 偏狭なリンゴ崇拝者:俺はジョン、ポール、ジョージよりもドラムのリンゴのファンだぜ!!ではない。
※5 数字の3は特別な数だ。:例えば、同じ意見を持った人を3人見かけたとき、あなたは、「みんなそう思っている/言っている」と言い始める。