日本で有給休暇が取りにくい理由3つ
今回、取り上げる話題は、有給休暇についてである。言わずもがな、日本は、先進諸国の中でも、有給取得が少ない国として知られている。※1
例えば、このような記事は何度も見たことがあるだろう。
この記事によれば、2017年、調査対象30か国のうち、日本は有給消化率が最下位だったようだ。
日本の有給休暇を取り上げた記事や話はよく耳にするが、その際に必ず、「〇〇(国名)では、こうである」という比較をする。以前にも、私しりぼうが取り上げた、いわゆる「出羽の守」の一種である。
例えば、フランスでは3週間連続のバカンスは稀ではない、ドイツでは有給の取得ために仕事をしている、などの論調である。また、ここで少し実体験を紹介すれば、現に私しりぼうの上司(ドイツ人)も、昨年、春と夏に一回ずつ2週間の休暇を取っている。
では、なぜドイツでは有給休暇を取得しやすく、日本では取得が難しいのか。今回、私しりぼうがあえて積極的に「出羽の守」になってみようと思う。そして、ドイツ事情との比較から、日独の違いを浮き彫りにし、なぜ日本では有給休暇を取得しにくいのかについて、原因を述べる。
しかしながら、この手の話をすると、様々な原因があり、議論を深めていくことが難しい。その結果、問題の本質が見えにくくなる。そして、問題が見えなければ、当然解決は遠のくばかりである。
そこで、ここでは私の経験から、主に三つの側面から、その原因を論じる。
三つの側面とは、実務的側面、法的側面、社会的側面である。
1.実務的側面=業務量の多さ
日本の場合、必要か不要かは別として、とにかくすることが多い。顧客の事細かな要求に答えるだけでなく、社内からの頼みも多い。
会社の規模や部署にもよるが、本社機構に所属すると、会議の前の根回し、資料作り、自分には直接関係ない会議に出席する、挙句の果てには、議事録の担当にでもなると大変な仕事量になる。
もちろん、会社によって様々であろうが、いわゆる、伝統的な大手大企業であれば、多かれ少なかれそのような環境はではないだろうか。
以前、しりぼうは東京の某東証一部上場企業で働いていたことがある。私の部署は、いわゆる営業で、同僚の一人(Aさん)は、大学時代に外国語を専門にしていた。
しかし、困った事に技術系の部署のある同僚が、Aさんに対して、技術のプレゼン資料を英訳にするよう仕事を依頼していたのだ。
もちろん、Aの上司は、優しくて思いやりのある人だったが、結局、彼はAに対して、「技術系の部署からの仕事が負担になるのであれば言ってくれ。」との対応だった。
私の勝手な、偏見かもしれないが、新入社員や若手の場合、「仕事を人から取るぐらいの気迫」とか「(自分の業務と関係なくとも)とにかくやります!」の雰囲気を感じた。
いずれにせよ、言いたいことは、とにかくしなければならない仕事が多すぎる。しかも、自分の管轄外のことをする。業務量が多ければ、仕事が終わらず、休暇を取得することを考えられなくなる。これは、当然の帰結である。
2.法的側面=労働法の違い
有給休暇における日本の労働法とドイツの労働法の決定的な違いは何か。
それは、権利と義務の違いである。
権利とは何か。
元法学部生として、簡単に説明をすると、権利とは何かを要求することである。そして、その要求は、法的に認められる。(厳密性を欠くので、指摘は容赦願いたい)
「~が欲しい!」
その要求は法的に正当であり、最終的には政府が保証する、ということである。
乱暴言えば、
お上(かみ)がしていい!って言ってるんだよ!
ただし、重要な点は、必要がなければ、要求をしないことも可能である。すなわち、求める、求めないは、すべてあなたの自由な意志ということだ。
他方で、義務とは、「~をしなければならない」という命令である。あなたがしたい、したくないという意思は関係ない。法律がある行為をすること、しないことを求めるのである。それに反する行為は、違法行為である。
さて、日独の労働法の話に戻し、違いを明らかにする。
日本の有給取得:権利(=取得してもよい)
ドイツの有給取得:義務(=取得しなければならない)
日本の有給取得は、あくまでも労働者が会社に、有給を取りたいと自ら進み出て獲得する。裏返せば、労働者が有給を取らなくても何ら法的には問題無い。※2
しかし、ドイツの労働法は、有給取得を義務と規定する。労働者は、最低限法律が定めた有給日数(年24日間)を取らなければならない。そして、違反者は法の下に罰せられる。※3
時折、こんな話を聞くことがある。それは、日本の労働環境の悪さは、日本人の遵法意識欠如から来ている、と。
言い換えれば、「残業し放題、有給が取れない、劣悪な労働環境を招いているのは、日本人が労働法を守らないからである!」という論調である。
しかしながら、今までの話を振り返って反論すれば、問題の核心は、法律の規定自体が、権利なのか義務なのか、あるいは罰則規定があるのか、という単純な違いにたどり着く場合も少なくない。※4
そして、義務/罰則の規定でないの限り、当然その法律の通りにする必要など全くないのである!ゆえに、この場合、日本人の順法意識の欠如論には、私は与しない。
3.社会的側面=有給取得習慣の有無
習慣が無いことを習慣にすることほど難しいことは無い。
逆を言えば、習慣化されていれば、どのような環境であれ、その行為をし続けるだろう。また、自分だけでなく、周りの人間も同じことをしていれば、さらにその習慣は強固になる。
月並みではあるが、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」理論である。
それは、有給の取得においても同じである。
有給を取ることが、当たり前で、日常化していれば、有給を取ることは全く困難ではない。更に付け加えれば、習慣となっている場合の利点とは、その習慣をし続けるための、知恵や経験も豊富になるということである。いわゆる、「有給取得のノウハウ」が日本と比べて遥かに蓄積している。
有給を取ることが当然である。それを前提に仕事を進めるのである。
例えば、「ノウハウ」の一つを紹介する。
ドイツの会社であれば、新しい年が始まった時に、「有給計画」なるものを作成する。
「有給計画」とは、それぞれの従業員が、その年の有給取得を予め決めておき、部署や同僚との有給休暇が被って、担当者がいないことのないよう、事前に相談をしておくのである。
皆がすべての有給を取得できるように、事前にすり合わせをしておく。
もちろん、会社の規模や風土によって異なるのだが、3か月先や半年先までの有給計画を立てることはザラである。
故に、新年が始まったばかりでも、「今年の夏のバカンス2週間は、スペインかイタリアに行く予定。」「今年の年末は、忙しいから12月に3週間休みを取る」という話をしばしば耳にする。
大っぴらに有給取得の話をすることで、精神的にも取りやすい。
あとは、必ず有給を取るを前提に、業務のバックアップ体制を準備している。従業員Aが休んでいる間は、代わりにBが担当する。逆もしかり。故に、日常的にAとBは、共同で仕事する。必要な資料、ファイル、メール、は必ず常に共有しておく。
もちろん、他にも無数の「ノウハウ」が存在する。個人的な意見としては、有給取得が前提になっていない多くの日本の会社では、こういう「ノウハウ」が、当然少なく、それ故に有給取得を困難にさせているのではないかと思う。
以上で、今回日本で有給休暇が取りにくい理由を実務的、法的、社会的の3点から説明をした。
最後に、私が日本の会社で経験したことを書き加えたい。
数年前、新入社員で某企業に入社した。一年目は10日間の有給があった。その年の年末年始にドイツに行く予定をしていた。そこで、御用納めの日、御用納め前日、新年初出勤日を休暇にして、約2週間ぐらいの連休にした。
自分の部署の上司には数か月前から、了解を取っていたのだが、直前になって、他部署の先輩Bから、「いいよな、そうやって有給を取れて。新入社員が納会に参加しないのか。」と、言われたのをよく覚えている。
「えっ、じゃあBさんも有給取ったらいいじゃないですか?」と言って、苦々しい顔をしていたのが印象的だった。嫉み妬みだろう。
当時、私は一人でも多くの人が有給をとるようになれば、他の人も取りやすくなるのでは、と思っていた。ましてや、新入社員が取るからこそ、さらに意味があると確信(?)していた。
結局、先輩Bのように、そうやって他人の働き方に足を引っ張る人が、結局巡り巡って自分の労働環境を危うくしていると思う。
ドイツの偉大なる哲学者ニーチェの『善悪の彼岸』風に言えば、
“汝がその労働環境を覗きこむ時、その労働環境もまた汝を見ている。”
とでも言えるだろうか(笑)
※1ただし、国民の祝日を加味すると諸外国に比べて、日本は休暇日数は少なくないとの議論には答えない。ここでは、労働者が純粋に自己の選択で取得する年次有給休暇を指す。
※2もちろん、日本でも近年有給取得を企業の義務とする法律が検討されている。
※3厳密に言えば、会社や管理職の人間が部下に有給を取らせなかったことを罰せられる。
※4ただし、違法労働やサービス残業については、別次元の話である。